★じょんから女節    長山洋子

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                 雪は下から 舞い上がり
               赤い裳裾に まといつく
               太棹三味線 女の旅路
               燃えるくすぶる はじける愚図る
               離れられない 男(ひと)がいる
               じょんからじょんから わかって欲しい ~♪ 


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【産みの母・育ての母】

さちには二人の母がいて,両者の間柄は6人姉弟の長女と次女二つ違いである。
明日は同居している育ての母の誕生日。感謝の気持ちは明日のブログでつづらせていただくことにして,今日は産みの母の事を少しつづることにしよう。。。

現在78歳。
長男夫婦と一緒に仕出し屋を営んでいる。

戦時中は○○高等女学校総指揮官として幅の広い鉢巻きをして先頭に立ち 「カシラー ミギ!」の号令をかけていたそうである。どひゃ~。

その母が交通事故に遭ったのは,さちが小学1・2年生の時だったと思うがはっきりした記憶がない。さちはまだ自分の生い立ちを知らなかった時だった。
ある日,船に乗って育ての母に連れられて病院へ向かった。。。
病院へ着くと私を待ってたのであろう,叔父(母の弟)が急いで抱っこして病室へ連れて行った。
ベットで寝ていたのは 「おばちゃん」 だった。そこでは祖母二人が私の手を 「おばちゃん」の手の所へ持っていった。。。そしてみんな病室から出た。

「さっちゃんか! ようきたなぁ~~~」と涙ぐむ実母。。。

しかし,その顔は頭部の打撲で赤黒く腫れ上がり,小さかった私は言葉もでなかった。。。

出前を配達中に隣の家のおじさんが坂道はきつかろうとバイクの後に乗せてくれたらしいが,車が横から出てきて衝突し,母はバイクから振り落とされ頭部の打撲で死の宣告をうけていたのである。

それから一命はとりとめたものの,料理人として致命的な 「臭覚」 を失ってしまった。。。
ありとあらゆる病院を訪ね診てもらったが原因がわからなかった。。。
現在も匂いのない世界を送っているが,その分味覚がするどくなったのか,母の料理は評判がいい。ある日さちが豚骨スープの出汁を味見してもらったところ・・・いきなり 「胡椒とニンニクがたりん!」と言われてしまった。。。

「胡椒!?・・・どうしてわかると?」 と聞くと,「舌が全て覚えとるとたい!鼻より確かなもんばい」 とのこと・・・その努力には脱帽いたしましたです。。。

さちが生まれた頃,倒産して乳飲み子の我が子を妹に預けなければならなかった母。
乳腺が腫れ上がってそうとう苦しんだらしいがそれもまた人生。

さちが自分の生い立ちを知ったのは中学二年生だった。

母は今でも涙を流したりはしない。母の涙を見たことがない。
「お前は幸せ者だ」 といつも自分に言い聞かせるように私に言う。
でも最後にはいつも 「辛いことがあれば私にだけ言ってくれ」 の言葉がある。

私を産んでくれてありがとう!
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by sachi318s | 2007-01-09 12:00 | 独り言


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